化学組成既知培地(CD培地)
要点
化学組成既知培地(CD培地)とは、含まれるすべての成分について化学的な素性と濃度が判明している細胞培養用の培地です。血清、タンパク質加水分解物、組成不明の抽出物は一切含みません。ただしタンパク質を含まないという意味ではなく、配列と濃度が特定されたリコンビナントタンパク質であれば添加できます。「化学組成既知」と「無タンパク質」が同義ではなく別の区分として扱われるのは、このためです。化学組成既知培地は血清に伴うロット間差、外来性感染因子のリスク、規制対応の負担を取り除けるため、CHO、HEK293、ハイブリドーマを用いたバイオ医薬品製造では標準的な培地になっています。
定義を厳密に言うと
培地に含まれるすべての成分について、化学的な素性と濃度がわかっている——この条件を満たすとき、その培地は 化学組成既知 です。
この基準は、定義上つぎのものを排除します。
- 血清(ウシ胎児血清、新生仔ウシ血清、ヒト血清)。数千種類のタンパク質、脂質、ホルモン、代謝産物を含み、その濃度はロットごと、供血動物ごとに変動します
- タンパク質加水分解物およびペプトン——大豆、小麦、酵母、カゼイン由来。いずれも酵素分解物であり、配列のわからないペプチドが不定の混合物として含まれます
- 組織抽出物や植物抽出物、馴化培地、血小板ライセート、そのほか組成が特性解析されていない生物由来の調製物すべて
一方で、タンパク質そのものを排除するわけでは ありません。リコンビナントヒトインスリン、リコンビナントトランスフェリン、リコンビナントアルブミン、リコンビナント増殖因子を含む化学組成既知培地は成り立ちます。いずれも配列の判明した単一分子であり、既知の濃度で添加されるからです。ここが最も誤解されやすい点であり、「化学組成既知」と「無タンパク質」が重なりながらも別のラベルである理由でもあります。
この定義が何を保証していないかにも注意してください。化学組成既知であることは、動物由来成分を含まないことを意味しません。膵臓から精製したウシインスリンは素性の明らかな分子ですが、動物由来です。性能についても何も保証しません。化学組成既知培地とは組成のわかっている培地であり、それは制御と再現性の前提条件ではあっても、収量が上がる保証ではありません。
区分の階層——無血清、動物由来成分不含、無タンパク質、化学組成既知
この四つの用語は、カタログでは緩く、規制当局への申請書類では厳密に使い分けられています。一本の尺度に並ぶものではなく、互いの重なり方を理解しておかないと、調達で高くつく取り違えを招きます。
血清含有培地。 古典的なやり方です。DMEM や RPMI 1640 などの基礎培地に、5–20% のウシ胎児血清を加えます。血清は基礎培地に欠けているものをすべて供給します——脂質とコレステロール、トランスフェリンと鉄、担体かつ解毒剤としてのアルブミン、増殖因子、ホルモン、接着因子、プロテアーゼ阻害剤。手軽でどんな細胞にも広く効きますが、同時に細胞培養における最大の変動要因でもあります。
無血清培地(SFM)。 血清を使いません。血清が担っていた機能は、個別の添加物で置き換えます。精製タンパク質やリコンビナントタンパク質、加水分解物、脂質添加物、ITS(インスリン、トランスフェリン、セレン)やその類縁の規定ホルモン混合物などです。無血清であることは、化学組成既知であることを意味しません。大豆加水分解物を含む無血清培地は、組成不明の培地です。
動物由来成分不含(AOF/ACF/ADCF)。 処方にも製造工程にも、さらには原料の原料にも、動物由来のものを一切使いません。植物由来の加水分解物や、動物以外の宿主で発現させたリコンビナントタンパク質は許容されます。これはバイオセーフティと外来性感染因子リスクに関する調達上の主張であって、組成についての主張ではありません。大豆加水分解物を含む AOF 培地は動物由来成分不含ですが、化学組成既知ではありません。ゼノフリー(異種成分不含) はヒト細胞治療で使われる関連用語で、ヒト以外の動物成分を含まないという意味です。ゼノフリー培地には、ヒト血清アルブミンやヒト血小板ライセートといったヒト由来の材料が含まれることがあります。
無タンパク質。 リコンビナントを含め、いかなるタンパク質も含みません。ペプチドや加水分解物は残りうるので、無タンパク質だからといって自動的に化学組成既知になるわけではありません。
化学組成既知(CD)。 すべての成分が素性と濃度で特定されています。構成上、必ず無血清であり、加水分解物も含みません。リコンビナントタンパク質は含むことがあります。無タンパク質かつ化学組成既知(PFCD) が実務で使われる最も厳しい区分で、化学組成既知であることに加えてタンパク質を一切含まず、その機能は低分子、合成ペプチド、脂質エマルション、キレート化した金属イオンで補います。
混乱の元になりやすいので、関係を明示しておきます。化学組成既知培地はすべて無血清ですが、無血清培地の多くは化学組成既知ではありません。無タンパク質培地が化学組成既知とは限りません。動物由来成分不含培地が化学組成既知とは限りません。そして化学組成既知培地が動物由来成分不含とも限りません。
細胞培養における血清とは何か
化学組成既知培地は「何を取り除いたか」で定義される部分が大きいので、まず血清とは何かをはっきりさせておくと理解が早くなります。
血清とは、凝固させた血液から細胞と凝固因子を取り除いた液体画分です。最もよく使われる ウシ胎児血清(FBS) は、妊娠したウシの屠殺時に胎仔から採取されます。ほかに新生仔ウシ血清、成牛血清、ウマ血清、ヒト血清も使われます。血清は処方された製品ではなく生体由来の液体であり、その中身を完全に把握している人は誰もいません。
血清が培養に与えているものは、つぎのとおりです。
- アルブミン。原液でおよそ 20–40 g/L 含まれ、脂肪酸・ホルモン・微量金属の担体として、せん断に対する緩衝として、また毒性のある分子種の受け皿として働きます
- トランスフェリン。細胞が取り込める形で鉄を届けます
- 増殖因子とホルモン——インスリン、IGF-1 と IGF-2、EGF、PDGF、FGF、ヒドロコルチゾン、甲状腺ホルモン。濃度はロットごと、供血動物ごとに変動します
- 脂質——コレステロール、リン脂質、遊離脂肪酸。培養細胞の多くは、これらを十分な量では合成できません
- 接着因子。フィブロネクチンやビトロネクチンなど
- プロテアーゼ阻害剤。血清含有培地でトリプシンを中和できるのは、このためです
- 微量元素、ビタミン、代謝産物。いずれも量は特性解析されていません
培養液に 10% 入れると、血清はリットル当たり数グラムのタンパク質を供給していることになります。血清がよく効く理由も、厄介な理由も、そこにあります。広い範囲に効く許容度の高い添加物でありながら、その組成はわからず、制御もできません。同じメーカーの二つのロットでも増殖促進活性に測定できる差が出ることがあり、だからこそ各研究室は血清のロット試験を行い、良かったロットを数年分まとめ買いします。
血清には外来性感染因子のリスクも伴います。ウイルス、マイコプラズマ、そして歴史的には伝達性海綿状脳症の懸念です。ヒトに使うものについて、規制の圧力が化学組成既知かつ動物由来成分不含の工程へ向かっているのは、このためです。
化学組成既知培地では、血清の代わりに何が入るのか
化学組成既知培地をつくるとは、血清が果たしていた機能を一つずつ置き換えていく作業です。実際に加える成分は、それぞれつぎの役割を担っています。
鉄の供給。 細胞は鉄を必要としますが、遊離の第二鉄イオンをうまく取り込めません。血清ではトランスフェリンがこれを担います。化学組成既知培地ではリコンビナントヒトトランスフェリンを使うか、無タンパク質処方ではクエン酸鉄アンモニウム、クエン酸鉄、ヒドロキシピリジノン系鉄キレートなどの合成キレート剤を使います。
インスリンシグナル。 リコンビナントヒトインスリンをおおむね 5–10 mg/L、生産用培地ではより安定な類縁体である LONG-R3 IGF-1 を用います。化学組成既知処方では、増殖を左右する最大の単一要因になることが多い成分です。
セレン。 亜セレン酸ナトリウムを低ナノモルからマイクロモルの水準で加えます。グルタチオンペルオキシダーゼとチオレドキシンレダクターゼの補因子として必須です。これを欠くと、無血清培地の細胞には酸化的な傷害が蓄積します。
脂質。 血清はコレステロール、脂肪酸、リン脂質を供給します。化学組成既知培地では、組成の特定された脂質濃縮液を使います。典型的にはコレステロールと、アラキドン酸、リノール酸、リノレン酸、ミリスチン酸、オレイン酸、パルミチン酸、ステアリン酸を、Pluronic F-68 のような合成界面活性剤で、条件が許せばシクロデキストリン担体も併用して可溶化したものです。浮遊培養の CHO 株や NS0 株は、とくにコレステロール要求性が高いことが知られています。
抗酸化能と担体としての働き。 血清中のアルブミンの役割の一つは、遊離脂肪酸や反応性の高い分子種を結合して無害化することです。タンパク質を許容する化学組成既知培地では、リコンビナントアルブミンがこれを代行します。無タンパク質処方では、低分子の抗酸化剤、セレンの増量、微量金属の厳密な管理で補います。
微量元素。 銅、亜鉛、マンガン、モリブデン、バナジウム、ニッケルなどを、ナノモルの水準で加えます。血清はこれらを目に見えない形で供給しています。化学組成既知培地では明示的に規定しなければならず、微量元素の組み合わせを外すことは、化学組成既知処方が力を出しきれない典型的な原因です。
せん断からの保護。 浮遊培養やバイオリアクター培養では Pluronic F-68 を 0.1–1 g/L 加え、血清タンパク質がない条件でも、スパージングや撹拌による損傷から細胞を守ります。
接着因子。 接着細胞には、リコンビナントのフィブロネクチン、ビトロネクチン、ラミニン、または組成の規定された合成表面コーティングを用います。
これらを支える基礎培地は、たいてい古典的なものではありません。多くの化学組成既知処方は、栄養に富み浸透圧の高い独自ベース——DMEM/F-12 由来のものが多い——を使います。DMEM や RPMI といった古典培地は、足りない部分を血清が埋めるという前提で設計されているからです。
化学組成既知培地が使われる理由
再現性。 血清のロット間差は、たいていの細胞培養で最大の制御できない変数です。FBS はロットが変われば、増殖促進活性、ホルモン含量、脂質プロファイルが大きく違うことがあります。各研究室がロット試験を行い、良かったロットを数年分まとめ買いするのはこのためです。化学組成既知培地はこの変数を丸ごと消し去ります。同じ処方は 2020 年と同じ働きを 2026 年にもします。
規制対応とバイオセーフティ上の立ち位置。 血清には外来性感染因子のリスクが伴います。ウイルス、マイコプラズマ、そして歴史的には伝達性海綿状脳症の懸念です。ヒトに用いる製品では、動物由来原料についてリスク低減と文書化が当局から求められます。化学組成既知かつ動物由来成分不含の工程は、この負担をひとまとまり取り除きます。とくに細胞治療・遺伝子治療では、化学組成既知でゼノフリーの培地は選択肢というより前提になっています。
下流の工程。 血清はリットル当たりグラム単位のタンパク質を持ち込み、それをリコンビナント製品から分離しなければなりません。化学組成既知培地——とりわけ無タンパク質のもの——は、捕捉と精密精製を大幅に単純化し、製品の純度も高めます。
実験結果の解釈しやすさ。 シグナル伝達、代謝、内分泌、薬剤応答の研究では、血清由来のホルモン、増殖因子、結合タンパク質、脂質が測定を撹乱します。血清アルブミンは疎水性化合物と結合し、実効的な薬剤濃度をずらします。化学組成既知培地なら、用量反応データを額面どおりに読めます。
供給とスケールでのコスト。 血清の供給量は有限で、価格の変動が大きく、倫理的な議論もあります。生産スケールでは、化学組成既知培地のほうが予測しやすく、量が出れば価格でも有利になるのが普通です。
それでも血清が理にかなう場面: 探索段階の初代培養、化学組成既知の代替が検証されていない既存プロトコル、そして変数を一つ消す価値より馴化のコストが上回る場合です。化学組成既知培地が常に優れているわけではありません。制御が重要な場面で優れているのです。
化学組成既知の幹細胞用培地——実例で見る組成
多能性幹細胞の培養は、化学組成既知培地が避けて通れなくなった分野です。組成不明のフィーダー細胞層や血清代替物を使っていると、分化実験の再現がとれなくなるからです。同時に、化学組成既知の処方が実際にどんな姿をしているのかを、最もはっきり示している公開例でもあります。
Essential 8(E8) の処方は、Thomson 研究室の Chen らが 2011 年に発表したもので、8 成分でヒト iPSC の樹立と維持を支えます。それ以前の幹細胞用培地に入っていたものの大半が不要だったことを、意図的に示した処方です。以下の濃度は原著論文に記載された値です。
| 成分 | 濃度 | 役割 |
|---|---|---|
| DMEM/F-12 | 基礎培地 | アミノ酸、ビタミン、グルコース、微量元素、脂質前駆体 |
| 炭酸水素ナトリウム | 543 mg/L | 緩衝作用 |
| L-アスコルビン酸 2-リン酸(マグネシウム塩) | 64 mg/L | 安定化型のビタミン C。コラーゲン合成と抗酸化能 |
| インスリン(リコンビナント) | 19.4 mg/L | 増殖と生存のシグナル |
| トランスフェリン(リコンビナント) | 10.7 mg/L | 鉄の供給 |
| 亜セレン酸ナトリウム | 14 µg/L | グルタチオンペルオキシダーゼとチオレドキシンレダクターゼの補因子 |
| FGF2(bFGF) | 100 µg/L(100 ng/mL) | 未分化性の維持 |
| TGF-β1 | 2 µg/L(2 ng/mL) | SMAD2/3 シグナルを介した未分化性の維持 |
押さえておきたい点が三つあります。基礎培地が DMEM でも RPMI でもなく DMEM/F-12 であること——血清をなくすと、F-12 が持つ微量元素と脂質前駆体が必要になるためです。アスコルビン酸を遊離体ではなく 2-リン酸塩として供給していること——遊離のアスコルビン酸は溶液中で数日のうちに酸化してしまうためです。そして、この処方が リコンビナントタンパク質を含んでいること——インスリン、トランスフェリン、FGF2、TGF-β1 です。無タンパク質ではなく化学組成既知に分類されるのは、まさにこのためです。
間葉系間質細胞用の培地も、ベースは違いますが同じ考え方でつくられています。多くは α-MEM か DMEM/F-12 に、インスリン、トランスフェリン、セレン、FGF2、PDGF を加え、古典的な MSC プロトコルの 10–20% FBS を置き換えます。臨床グレードの用途では、化学組成既知であることに加えてゼノフリーであることも指定されるのが普通です。
培地の受託処方(カスタム処方)
カタログ品でどうしても合わないときは、受注生産で培地を処方します。これは見た目より多く行われていて、バイオ生産の相当な部分がカスタム処方で動いています。依頼する前に、どういう流れになるのかを知っておく価値があります。
カスタム処方が理にかなう場面:
- 既存の培地はよく働くが、変えたいのは一つ二つだけ。グルコース濃度を変える、グルタミンを抜く、フェノールレッドを抜く、緩衝剤を入れ替える、代謝トレーサー実験のために特定の成分を外す、といった場合
- ベンチスケールで「ベース培地+複数の添加物」という形に最適化してあり、それを一つの処方にまとめれば操作の手数と変動を減らせる場合
- 論文に載っている処方が必要なのに、どのメーカーも在庫していない場合
- スケールアップにあたって、いま液体で買っているものを粉末や濃縮液の形で用意する必要がある場合
- 規制上の要求から、いま加水分解物を含んでいる培地の動物由来成分不含版、あるいは完全に化学組成既知の版が必要になった場合
流れはたいていこうなります。 まず仕様を決めます。濃度つきの成分リスト、pH と浸透圧の目標値、形態(液体、粉末、濃縮液)、充填量、そして無菌性・エンドトキシン・性能試験の要求事項です。つぎにパイロットロットを製造し、目標仕様に対して試験します。ここで大事なのは、自分の細胞でも試すことです。化学的な仕様を満たしていても、性能が出ないことはあります。パイロットが受け入れられたら処方を固定し、以後のロットはその処方に沿って製造され、ロットごとに分析証明書(CoA)が付きます。
指定すべきなのに忘れられがちな項目。 グルタミンを含めるのか、別に供給するのか。炭酸水素ナトリウムを粉末に入れておくのか、溶解時に加えるのか、そしてその処方がどの CO2 濃度を想定しているのか。成分リストだけでなく浸透圧の目標値も——塩やグルコースを少し動かすだけで浸透圧は変わります。フェノールレッドを入れるかどうか。動物由来成分不含であることが必要かどうか——これは培地そのものより上流の原料調達まで縛ります。そして保存形態。粉末と液体では有効期間も輸送費もまったく違います。
たいていの研究室にとって理にかなう順番は、まず最も近いカタログ処方から出発し、添加物を足す形でベンチスケールで変更点を実証し、そのうえでカスタムロットに一本化することです。理論から特注処方を起こすところから始めるやり方は勧められません。
化学組成既知培地の選び方と切り替え方
選定は細胞株ごとに決まります。 汎用の化学組成既知培地は存在しません。CD 培地は特定の宿主——CHO、HEK293、BHK-21、NS0、ハイブリドーマ、Vero、iPSC——に対して開発・最適化されており、CHO でよく働く処方が HEK293 をまったく支持しないことも珍しくありません。まず宿主から出発し、つぎに用途を見ます。拡大培養、一過性トランスフェクション、安定発現株での生産、ウイルス産生、分化誘導では、それぞれ適した処方が違います。
馴化は差し替えではなく、工程です。 血清入りで何代も維持してきた細胞は、必要のなかった経路を下げています。標準的なやり方は二つあります。
段階的馴化。 血清を 10%、5%、2.5%、1%、0.5%、0% と段階的に下げ、各段階で 2〜3 継代とどまり、増殖速度と生存率が戻ってから次の減量に進みます。時間はかかりますが成功率が高く、遺伝的な変質も少なくてすみます。
直接馴化。 高い密度で化学組成既知培地に直接播種し、回復するまで継代を続けます。うまくいけば速く、接着細胞や初代細胞よりも、丈夫な浮遊培養株で成功しやすい方法です。
どちらの場合も、いつもより高い播種密度にしてください。化学組成既知培地の細胞は、自分が分泌するコンディショニング因子への依存がはるかに強くなります。そして数継代のあいだ培養の見た目が悪いことは、あらかじめ織り込んでおいてください。各段階で血清培養細胞の凍結バックアップを必ず残します。馴化にかかる期間は 4〜8 週間が一般的です。
馴化後は、増殖速度だけでなくきちんと検証します。 馴化した細胞は、元の細胞と倍加時間、代謝プロファイル、分泌タンパク質の糖鎖修飾、表面マーカーの発現、トランスフェクション効率が違うことがあります。自分にとって重要なアッセイを取り直し、化学組成既知培地で新しいマスターセルバンクを作製してください。
実務上の注意。 化学組成既知培地は L-glutamine を含まない形で供給されることが多く、使用時に新しく加えるか、安定なジペプチドである L-alanyl-L-glutamine で置き換えます。大量調製を前提に粉末で供給されるものも少なくありません。pH、浸透圧、せん断の変動を吸収してくれる血清タンパク質がないため、化学組成既知培地の培養は工程の乱れに弱くなります。フィード、CO2、撹拌は、血清を使うときよりも厳しく管理してください。
よくある誤解
「化学組成既知は無タンパク質という意味だ」。 違います。CD 培地にはリコンビナントのインスリン、トランスフェリン、アルブミンが入っていることがあります。無タンパク質かつ化学組成既知(PFCD)は、それとは別の、より厳しい区分です。
「無血清なら化学組成既知だ」。 違います。無血清培地の多くは植物や酵母の加水分解物を含み、これは配列のわからないペプチド混合物です。
「動物由来成分不含なら化学組成既知だ」。 違います。大豆加水分解物は動物由来成分不含であり、そして組成はまったく不明です。
「化学組成既知なら動物由来成分不含だ」。 必ずしもそうではありません。ウシインスリンや動物由来のコレステロールは、素性の明らかな動物由来分子です。両方の性質が必要なら、化学組成既知かつ動物由来成分不含、あるいは ADCF と表示された培地を探してください。
「化学組成既知培地なら何でも育つ」。 CD 培地は宿主特異的で、血清含有培地より許容範囲が狭いのが普通です。これは、血清の広く不定な支持を取り除いたことの直接の代償です。
「馴化は一週間で終わる」。 4〜8 週間が普通で、馴化した株は再度の特性解析が必要な新しい株として扱うべきです。
| 区分 | 血清 | 加水分解物・抽出物 | タンパク質 | 組成が完全に判明 | 主な用途 |
|---|---|---|---|---|---|
| 血清含有 | あり(5-20% FBS/NCS) | 含む場合あり | 数千種、組成不明 | いいえ | 日常の研究培養、初代細胞、探索的な検討 |
| 無血清(SFM) | なし | 含むことが多い(大豆、酵母、小麦) | 含むことが多い(精製またはリコンビナント) | いいえ | 変動を抑えた研究培養、ハイブリドーマ、多くの生産工程 |
| 動物由来成分不含(AOF/ACF/ADCF) | なし | 植物由来なら可 | 非動物宿主由来のリコンビナントなら可 | 必ずしもそうではない | バイオセーフティ重視の工程、ワクチン・バイオ医薬品製造 |
| ゼノフリー(異種成分不含) | ヒト以外の血清は不使用 | 可 | ヒト由来またはリコンビナントは可 | 必ずしもそうではない | ヒト細胞・遺伝子治療、臨床グレードの MSC・iPSC 培養 |
| 無タンパク質 | なし | 含む場合あり(ペプチドは可) | なし | 必ずしもそうではない | 下流精製の簡素化、一部の生産工程 |
| 化学組成既知(CD) | なし | なし | リコンビナントで規定されていれば可 | はい | バイオ医薬品製造、再現性の高い研究、規制下の工程 |
| 無タンパク質かつ化学組成既知(PFCD) | なし | なし | なし | はい | 最も厳しい規制対応、最もきれいな精製 |
よくあるご質問
化学組成既知培地とは何ですか。
化学組成既知培地とは、含まれるすべての成分について化学的な素性と濃度が判明している細胞培養用の培地です。血清、タンパク質加水分解物、組成不明の生物由来抽出物は含みません。インスリンやトランスフェリンなどのリコンビナントタンパク質は含まれることがあります。いずれも配列の判明した単一分子を、既知の濃度で加えているからです。
化学組成既知と無タンパク質は同じ意味ですか。
違います。化学組成既知培地には、素性と濃度が規定されていれば、インスリン、トランスフェリン、アルブミン、増殖因子といったリコンビナントタンパク質を含められます。一方、無タンパク質培地はタンパク質を一切含みませんが、組成不明のペプチド加水分解物を含むことがあります。どちらも満たす最も厳しい区分が、無タンパク質かつ化学組成既知(PFCD)です。
無血清培地は化学組成既知ですか。
たいていは違います。無血清培地の多くは植物、酵母、カゼインの加水分解物を含み、これは組成の定まらない酵素分解物です。無血清が意味するのは、血清を使わないことだけです。化学組成既知培地はすべて無血清ですが、その逆は成り立ちません。
動物由来成分不含と化学組成既知は何が違いますか。
動物由来成分不含(ACF、ADCF とも表記)は調達についての主張で、処方のどこにも動物由来のものがないという意味です。化学組成既知は組成についての主張で、すべての成分が判明しているという意味です。大豆加水分解物を含む培地は動物由来成分不含ですが化学組成既知ではなく、ウシインスリンを含む培地は化学組成既知ですが動物由来成分不含ではありません。両方が必要なら、化学組成既知かつ ADCF と表示された製品を選んでください。
ゼノフリーとはどういう意味ですか。
ゼノフリー(異種成分不含)とは、ヒト以外の動物成分を含まないという意味です。ヒト細胞治療の分野で使われる用語で、ヒト血清アルブミンやヒト血小板ライセートなどヒト由来の材料は許容されますが、ウシやブタ由来の材料は認められません。ゼノフリーは化学組成既知と同じではありません。ゼノフリー培地には、組成不明のヒト由来材料が含まれることがあります。
細胞培養でいう血清とは何ですか。
血清とは、凝固させた血液から細胞と凝固因子を取り除いた液体画分で、最も一般的なのはウシ胎児血清(FBS)です。5-20% で使われ、担体かつ解毒剤としてのアルブミン、鉄を運ぶトランスフェリン、増殖因子とホルモン、脂質とコレステロール、接着因子、プロテアーゼ阻害剤を供給します。処方された製品ではなく生体由来の液体なので、正確な組成はわからず、ロットごと・供血動物ごとに変動します。
化学組成既知培地と血清含有培地は何が違いますか。
血清含有培地は基礎培地に 5-20% の血清を加えたもので、血清は数千種類の組成不明のタンパク質、脂質、ホルモンを、ロットごとに変わる濃度で持ち込みます。化学組成既知培地は血清も加水分解物も含まず、すべての成分が素性と濃度で規定されています。化学組成既知培地は再現性、規制上の立ち位置、下流精製のきれいさで有利です。血清含有培地は許容度が高く、馴化の作業がいりません。
動物由来成分不含培地と動物由来培地は何が違いますか。
動物由来培地は、血清、ウシアルブミン、ブタ由来トリプシン、動物由来コレステロール、動物性タンパク質を分解したペプトンなど、動物から採った成分を少なくとも一つ含みます。動物由来成分不含培地(AOF、ACF、ADCF とも表記)はそれを一切含まず、原料の原料にまでさかのぼって適用されます。代わりに植物由来の加水分解物や、動物以外の宿主で発現させたリコンビナントタンパク質を使います。この区別は外来性感染因子のリスクと規制文書に関わるもので、化学組成既知かどうかとは別の話です。
化学組成既知の幹細胞用培地はどんな組成ですか。
ヒト iPSC 用の Essential 8 処方は 8 成分でできています。DMEM/F-12 の基礎培地、炭酸水素ナトリウム 543 mg/L、L-アスコルビン酸 2-リン酸 64 mg/L、リコンビナントインスリン 19.4 mg/L、リコンビナントトランスフェリン 10.7 mg/L、亜セレン酸ナトリウム 14 µg/L、FGF2 100 ng/mL、TGF-β1 2 ng/mL です。アスコルビン酸が安定な 2-リン酸塩として供給されている点と、リコンビナントタンパク質が入っているからこそ無タンパク質ではなく化学組成既知に分類される点に注意してください。
培地の受託処方はどんなときに依頼すべきですか。
既存の培地が働いていて、変えたい点が一つ二つに限られるとき。ベンチで最適化したベース培地と複数の添加物を、一つの処方にまとめたいとき。論文の処方がどこにも在庫されていないとき。あるいは規制上の要求から、いま加水分解物を含む培地の動物由来成分不含版が必要になったときです。まずは最も近いカタログ品から出発し、添加物を足す形でベンチスケールで変更点を実証してから、カスタムロットを発注してください。
化学組成既知培地では、血清の代わりに何が入っていますか。
血清の機能を一つずつ別々に置き換えます。鉄の供給にはリコンビナントトランスフェリンまたは合成の鉄キレート、増殖シグナルにはリコンビナントインスリン、抗酸化酵素の働きには亜セレン酸ナトリウム、コレステロールと脂肪酸には組成の特定された脂質濃縮液、そこに規定された微量元素の組み合わせ、浮遊培養のせん断保護には Pluronic F-68、接着細胞にはリコンビナントの接着因子を加えます。
細胞を化学組成既知培地に馴化させるにはどのくらいかかりますか。
一般に 4〜8 週間です。段階的馴化では血清を 10%、5%、2.5%、1%、0.5%、0% と下げ、各段階で 2〜3 継代とどまります。直接馴化では高い密度で化学組成既知培地に直接播種し、回復するまで継代を続けます。どちらの場合も各段階で血清培養細胞の凍結バックアップを残し、数継代のあいだ培養の見た目が悪くなることは織り込んでおいてください。
バイオ医薬品製造で化学組成既知培地を使うのはなぜですか。
理由は三つあります。第一に、ロット間の一貫性が血清よりはるかに良く、血清は多くの工程で最大の制御できない変数だからです。第二に、動物由来原料をなくすことで、外来性感染因子のリスクと規制文書の負担がまるごと一区分消えるからです。第三に、回収液に血清タンパク質がないため、下流の捕捉と精密精製が大幅に簡単になり、製品純度も上がるからです。
化学組成既知培地はすべての細胞種で使えますか。
いいえ。化学組成既知処方は特定の宿主——CHO、HEK293、BHK-21、NS0、ハイブリドーマ、Vero、iPSC——に合わせて開発されており、ある宿主向けに最適化した培地が別の宿主をまったく支持しないことがよくあります。また血清含有培地より許容範囲が狭いのが普通で、これは血清の広く不定な支持を取り除いたことの直接の代償です。まず宿主細胞から選んでください。
化学組成既知培地は血清含有培地より高価ですか。
完全培地のリットル当たりで見ると、化学組成既知処方は基礎培地に 10% のウシ胎児血清を加えたものと同程度か、むしろ安いことが多く、血清の価格と供給の変動が効いてくる生産スケールでは差が広がります。本当のコストは馴化と再検証の作業ですが、これは繰り返し発生する費用ではなく、一度きりのプロジェクトです。
初代細胞に化学組成既知培地を使えますか。
使える場合もありますが、最も難しいケースです。初代細胞は培養で増えるように選抜されておらず、血清が与える不定の支持に最も強く依存します。間葉系間質細胞、ケラチノサイト、血管内皮細胞など特定の初代細胞向けには化学組成既知やゼノフリーの処方が存在しますが、いずれも細胞種専用の製品であり、汎用培地ではありません。
化学組成既知培地にもグルタミンは必要ですか。
必要です。そして多くは含まない形で供給され、使用時に新しく加えられるようになっています。L-glutamine は溶液中でアンモニアに分解し、それが蓄積して毒性を示すためです。生産用の化学組成既知培地では、代わりに安定なジペプチドである L-alanyl-L-glutamine を指定するものが多く、細胞が切断するのに合わせてゆっくりグルタミンを放出するため、長い流加培養でもアンモニアの負荷を避けられます。
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- DMEM — ダルベッコ改変イーグル培地 DMEM(Dulbecco's Modified Eagle Medium)は、Eagle の最小必須培地(MEM)のアミノ酸とビタミンの濃度をおよそ4倍に高めて派生させた基礎培地です。高グルコース(4,500 mg/L、25 mM)と低グルコース(1,000 mg/L、5.6 mM)の2種類が供給され、3,700 mg/L の炭酸水素ナトリウムで緩衝されます。生理的な pH を保つには、血清または組成既知の添加物と CO2 環境が必要です。HEK293、HeLa、NIH/3T3、Vero、CHO 由来の接着培養、そして多くの初代線維芽細胞にとって、DMEM は標準の培地です。
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参考文献
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